40Hzの谷を +10 dBで埋めようとしたことがある。埋まらなかった。椅子を10cm引いたら、同じ周波数が今度は山になっていた。EQをどこに当てるかの前に、どこには当てないかを決める話だ。
結論
ルームEQで直すのは20〜300Hzの低域だけ。この帯域は部屋の定在波が支配していて、測る場所を多少変えても山と谷の位置がだいたい同じ、つまりEQで直せる。300Hzより上は位置依存で暴れるので、ピンポイント補正は当てないほうがいい。順番はピークのカットが先。ディップ(谷)はブーストで埋めない。Sonirの自動PEQも既定で20〜300Hzしか触らないようにしてある。
なぜ低域だけなのか
部屋の寸法と音の波長が同じオーダーになる低域では、壁のあいだを往復する定在波が音場を作る。6畳間の壁間距離が3.6mなら、その半波長にあたる47Hz付近に強い共振が立つ。これがモーダル域で、上端の目安がシュレーダー周波数だ。目安として300Hz前後、部屋が広いほど低くなる。
モーダル域の山と谷は部屋の形が決めているので、マイクを少し動かしても山は山、谷は谷のまま残る。再現性がある。だからフィルタで削れば、耳の位置でも実際に削れる。
300Hzを超えると話が変わる。反射の数が一気に増えて重なり合い、周波数特性は櫛形に細かく暴れる。しかもその櫛の目はリスニング位置で決まる。マイクを10cm動かしただけで山と谷が入れ替わることはざらだ。1点の測定に合わせてピンポイントのフィルタを立てると、耳の位置がわずかにずれた瞬間、削ったはずの山が谷に、埋めた谷が山になる。中高域を「直した」つもりのEQが、実際には部屋ではなくマイクの置き場所を補正しているだけ、という状態になる。
| 帯域 | 支配的な要因 | EQの効き |
|---|---|---|
| 20〜300Hz | 部屋の定在波 (モーダル域) | 効く。ここが主戦場 |
| 300Hz〜数kHz | 反射の重なり・位置依存 | ピンポイント補正は有害。緩い傾きまで |
| 数kHz以上 | 位置と向きで変わる櫛形 | EQで追わない |
20〜300Hzは部屋の定在波。ここのピークをカットする。300Hz以上は位置依存で、削っても再現しない
カットが先、谷は埋めない
もう1つの原則がこれ。低域のディップは、たいてい壁からの反射が直接音を打ち消して生まれる。位相で打ち消されているものは、同じ周波数を足しても同じだけ打ち消される。EQで +10 dB持ち上げても谷は埋まらず、アンプとスピーカーのヘッドルームだけが消える。低域は最もパワーを食う帯域なので、ここでの無駄なブーストは歪みに直結する。
一方、ピーク(山)はエネルギーが実際に余っている状態なので、削れば素直に減る。だから低域補正はカット優先が正解になる。Sonirの自動PEQでカット上限を -12 dB、ブースト上限を +6 dBと非対称に振ってあるのは、この非対称性をそのまま数値にしたものだ。
正直、最初の頃は谷を見ると埋めたくなった。EQのスライダーを上げれば画面上のカーブは平らになるのに、聴くと何も良くならない。半日かけて、埋めるべきは谷ではなく自分の椅子の位置だと気づいた。深い谷が出たら、EQではなくスピーカーかリスニング位置を数十cm動かして測り直すほうが早い。
手順
- マイクの校正ファイルを登録する: Sonirは校正ファイルを登録したマイクのときだけ自動PEQを生成する。未校正だとマイク自身の色付けを部屋の癖と取り違え、その色付けをEQで潰してしまう。
- リスニング位置でスイープを測る: 耳の位置にマイクを置き、録音ピークを -6〜-12 dBFSに収める。クリップした測定からは、まともな周波数特性は出てこない。
- ターゲット曲線を選ぶ: フラット / 傾き / Harman / B&K。低域を持ち上げた部屋カーブが好みならHarman、計測寄りならフラット。傾きは既定 -0.8 dB/oct。
- EQ上限を300Hz付近に置く: 既定は20〜300Hz。80〜500Hzのスライダーで動かせる。広い部屋なら下げる。
- ピークをカットする: 自動PEQは残差の大きい山から順にフィルタを立て、最大10本まで。谷が深いなら、埋めずに測定位置を変えて測り直す。
- REW / Equalizer APOに書き出す: フィルタ列とプリアンプをテキストで出し、再生側のPEQへ読み込ませる。書き出しも無料。
よくある質問
ディップ(谷)はブーストで埋められない?
埋まりません。低域の谷の多くは反射どうしの打ち消しで生まれるため、EQで持ち上げても打ち消しは残り、ヘッドルームだけを食います。Sonirの自動PEQがブースト上限 +6 dB、カット上限 -12 dBと非対称なのはこのためです。
中高域はまったく触らないほうがいい?
ピンポイント補正はしないでください。300Hzより上は位置と向きで大きく変わり、1点で合わせたEQは他の位置で崩れます。触るならターゲット曲線の緩い傾き (既定 -0.8 dB/oct) まで。
校正マイクなしで自動PEQは出せる?
出せません。Sonirは校正ファイルを登録したマイクのときだけ自動PEQを生成します。未校正でも周波数特性の表示とターゲット曲線の重ね描きまでは見られます。
EQ上限は300Hzで固定?
既定が300Hzで、80〜500Hzのスライダーで動かせます。部屋が広いほどモーダル域の上端 (シュレーダー周波数) は下がるので、広い部屋では上限を下げる方向に調整します。
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Sonirで測る
Sonirはスマホで音響測定と比較を完結させるアプリです。スイープで周波数特性を測り、ターゲット曲線との差分から20〜300HzのPEQを自動生成するところまで画面で見られます。測定からREW / APOへの書き出しまで全機能が無料です。
App Storeでダウンロード。Android版は近日公開。詳しくは機能ページへ。