DACを差し替えたら音場が広がって低域も締まった、と思った。実際に変わったのは出力レベルで、その差は0.8 dBだった。揃えたら差は消えた。半日ぶんの試聴メモが紙くずになった日の話。
結論
音量が揃っていないA/B比較は、機材ではなく音量を比べています。人は0.2〜0.3 dB程度の差でも直接切り替えなら気づき、1 dBあれば大きいほうを「低音が出ている」「解像度が高い」と一貫して評価する。だからラウドネス整合は比較の前提条件で、しかもピーク値ではなくK特性の統合ラウドネス (LUFS) で揃える。目標は±0.1 dB以内。
大きい音が「良い音」に化ける仕組み
音量が上がると、耳の周波数感度そのものが変わる。等ラウドネス曲線が示すとおり、音圧が上がるほど低域と高域の感度が中域に対して相対的に持ち上がる。つまり同じ音源を1 dB上げただけで、低音も高音も「伸びた」ように聞こえる。周波数特性は1ミリも変わっていないのに。
形は同じ、縦に1 dBずれただけ。それでも「低音が出ている」「音場が広い」という感想に化ける
厄介なのは、この効果が「音量が大きい」という自覚を伴わないこと。1 dBは音量差としては小さすぎて、大きくなったとは感じない。感じないまま、音質が良くなったという形で意識に上がる。誤帰属というやつで、意志の力では防げない。オーディオ機器のデモで音量が揃っていないとき、それが意図的かどうかにかかわらず、聴き手の結論は先に決まっている。
余談だが、これは自分の耳を疑うという話ではない。耳は正しく差を検出している。ただ検出した差の原因を、脳が音量ではなく音質に振り分けてしまう。だから「自分は音量差に騙されない」という自信は、そのまま騙される条件になる。
何で揃えるか: ピーク / RMS / LUFS
揃える尺度は3つあり、信頼できる順にLUFS、RMS、ピークです。
| 尺度 | 見ているもの | A/B整合での使えるか |
|---|---|---|
| ピーク (dBFS) | 一瞬の最大値 | 使えない。圧縮の強い音源が明確に大きく聞こえる |
| RMS | 一定時間の平均エネルギー | 実用になる。周波数の偏りが大きい素材では甘い |
| 統合ラウドネス (LUFS) | K特性で重み付けした平均 | 標準。ITU-R BS.1770、聴感に最も近い |
ピークが使えないのは、平均の大きさと最大値が対応しないから。強く圧縮された音源は平均が高いのにピークは低く、ダイナミックな音源はその逆になる。両者をピークで揃えると、圧縮側が数dB大きい状態で並ぶ。よくある事故です。
K特性というのは、低域を落として2 kHz以上を少し持ち上げる重み付けのこと。人の感度カーブに寄せてあるので、周波数バランスが違う素材どうしでも「同じ大きさ」に揃えられる。EQのオン/オフ比較でRMSが不十分になるのはここで、低域だけを持ち上げたときRMSは大きく動くのに、聴感の大きさはそこまで動かない。
手順
- 基準をLUFSにする: フェーダーの目盛りや見た目のピークではなく、統合ラウドネスで揃えると決める。
- 両方の統合ラウドネスを読む: Sonirの鑑定タブでファイルを解析すると、統合ラウドネス・DR・True Peakが出る。2つのLUFS差が、詰めるべきゲイン差そのもの。
- 大きいほうを下げて詰める: 小さいほうを上げるとTrue Peakが0 dBTPを超えて歪むことがある。目標は±0.1 dB以内。
- 切り替えは数秒以内で: 間が空くほど記憶が薄れ、音量差より繊細な差は判定できなくなる。
- それでも差が分からなければ測定へ: 揃えた途端に差が消えたなら、聴いていたのは音量差だった。周波数特性を測って差分カーブで確認する。
測定に倒すと、この問題は消える
正直に言えば、聴感でのA/B比較は音量整合をやり切っても不確実さが残る。±0.1 dBに揃えても、切り替えの記憶、順序効果、期待バイアスは残ったままだから。
測定で比べるなら前提が変わる。Sonirの周波数特性は中域を0 dBに正規化した相対カーブなので、再生レベルが数dB違っても山と谷の形は動かない。つまり音量整合の失敗が結論を汚さない。代わりに効くのはクリップで、録音ピークが振り切れた測定はカーブごと崩れる。狙いは-6〜-12 dBFS。
Sonirが比較を測定へ倒しているのはこの理由です。聴感の比較を否定したいわけではなく、聴感でしか分からない領域はある。ただ「どっちが良いか」を機材の性能として語るなら、音量に汚されない土俵で見たほうが早い。空気録音側の整合をどこまで自動化するかは、まだ決めきれていない。
よくある質問
どのくらいの音量差から判断が歪む?
直接切り替えの比較なら0.2〜0.3 dBでも影響が出るとされ、1 dBあれば大きいほうがほぼ一貫して好まれます。オーディオの比較試聴で整合目標が±0.1 dBとされているのはこのためです。0.5 dBは「わずか」ではなく、結論をひっくり返せる大きさです。
ピーク値で揃えるのではだめ?
だめです。ピークは一瞬の最大値しか見ておらず、平均的な音の大きさとは対応しません。強く圧縮された音源とダイナミックな音源をピークで揃えると、圧縮側が明確に大きく聞こえます。平均を見るRMS、聴感に重み付けしたLUFSの順で信頼できます。
EQのオン/オフを比べるときも整合は要る?
とくに要ります。EQは帯域のエネルギーを増減させるので、ラウドネスがほぼ必ず変わります。低域を+3 dB持ち上げれば全体も大きく聞こえ、EQの効果と音量増加が混ざります。この用途ではRMSでは足りず、LUFSでの整合が要ります。
測定で比べるときも音量を揃える必要は?
ほぼ不要です。Sonirの周波数特性は中域を0 dBに正規化した相対カーブなので、再生レベルが数dB違っても山と谷の形は変わりません。測定側で効くのはクリップで、録音ピークが0 dBFSに張り付いた測定はカーブごと崩れます。狙いは-6〜-12 dBFS。
関連記事
- 空気録音を同条件で録って比べる方法: 親ガイド。条件を揃えて比べるという考え方そのもの
- スピーカーを公平にA/B比較するには?: 位置・刺激・レベルの3点を揃える実践
- 測定の録音レベルは何dBFSを狙う?: クリップとSNRの詳細
- 偽ハイレゾを見抜く方法: 鑑定タブでファイルの中身を読む
Sonirで測る
Sonirはスマホで音響測定と比較を完結させるアプリです。鑑定タブで統合ラウドネス・DR・True Peakを読めば、比較する2ファイルのゲイン差をその場で計算できます。測定から帯域別の深掘りまで全機能が無料です。
App Storeでダウンロード。Android版は近日公開。詳しくは機能ページへ。