「同じスピーカーなのに、あの人の空気録音のほうが良く聞こえる」。その差の何割かは、たぶんスピーカーではなく部屋です。
結論
空気録音に乗る部屋の音の量は、マイクの距離と帯域の2つで決まります。ふつうの部屋で1 m離して録ると、マイクに届くエネルギーは直接音より残響のほうが多い。300Hzより下では部屋の定在波が機材の周波数特性の差を超えて暴れます。それでも比較が成立するのは、部屋の寄与が小さいからではなく、条件を固定すれば両方の録音に同じだけ乗るからです。
直接音は距離とともに下がるが、残響は部屋のどこでもほぼ一定。交点が臨界距離
どこから「部屋の音」になるか
マイクに届く音は、スピーカーから直接来た音と、壁や天井で反射して回ってきた音の合計です。直接音は距離が倍になれば約6 dB下がる。いっぽう残響は部屋じゅうを満たしているので、どこで測ってもだいたい同じレベルで居座ります。
この2つが釣り合う距離が臨界距離で、およそ0.057×√(部屋の体積÷RT60)。6畳(約30 m³)でRT60が0.5秒なら、約0.44 mです。
つまり、机の上で1 m離して録っている時点で、録音の過半は部屋の音ということになります。空気録音を「スピーカーの音を録っている」と考えると話が合わなくなるのはここが理由で、実際に録れているのはスピーカーと部屋の合作です。
帯域でも分かれる
もうひとつの軸が周波数です。境目はSchroeder周波数と呼ばれ、目安は約2000×√(RT60÷部屋の体積)。さっきと同じ6畳・RT60 0.5秒なら約260Hzになります。
これより下では、部屋の寸法で決まる定在波が飛び飛びに立ちます。山と谷が10 dBを超えることも珍しくない。多くのスピーカーの周波数特性の差より大きい数字です。SonirのルームEQが補正の主戦場を20〜300Hzに置いているのも、この帯域が部屋の担当だからです。
これより上は、個々のモードが密になって統計的な響きに変わります。部屋の色は乗りますが、機材の差もちゃんと読める。Sonirが周波数特性を300Hz〜3kHzの平均を0 dBとして正規化しているのは、この「比較的まともに読める帯域」を基準に置くためです。
部屋が乗るから比較できない、わけではない
ここまで読むと空気録音の比較は絶望的に思えますが、逆です。
部屋の寄与は、同じ部屋の同じ位置で録るかぎり、AにもBにも同じだけ乗ります。重ねて差を取れば大部分が消える。マイクの癖が打ち消し合うのと同じ理屈です。空気録音で機材の差が見えるのは部屋の影響が小さいからではなく、部屋が共通項になっているからです。
だから決定的なのは、部屋を良くすることではなく、部屋を動かさないこと。Sonirが録音に部屋と機材プロファイルと距離を紐づけて残しているのは、半年後に「あの時と同じ条件」を再現するためです。
共通項が壊れるとき
厄介なのは、部屋そのものは同じでも共通項でなくなる場合があることです。
- スピーカーを動かした: 励起されるモードが変わる。数十cmで低域の山と谷の形が変わります
- マイクを置き直した: 定在波の腹と節は位置で決まるので、同じ部屋でも別の特性を測っていることになります
- 家具・人・扉が変わった: 中高域の吸音が変わります。ちなみに扉の開閉だけでRT60が動く部屋はあります
このうち実際に効くのは上2つで、家具の差はふつう誤差に埋もれます。
部屋側を数値で押さえる
- RT60を一度だけ測る: スイープを1本。0.6秒を超えると残響が主役になりやすい。
- 臨界距離を出してマイク距離を決める: 近ければ機材寄り、遠ければ部屋込み。どちらが正しいということはない。
- 距離・高さ・向きを固定する: 三脚かクリップで。ピークは-6〜-12 dBFS。
- 周波数特性で20〜300Hzの凹凸を見る: ここの暴れは部屋の担当。
- 比べたいものだけ入れ替えて録り直す: 残りは全部据え置き。
正直、最初は臨界距離まで計算する必要はありません。マイクを固定して同じ場所で録る。それだけで比較の9割は成立します。数値が要るのは、他人の空気録音と自分のものを並べたくなったときで、そこは正直まだうまく解けていません。部屋が違えば共通項が消えるので、同じ土俵に乗せる方法がない。
よくある質問
空気録音に部屋の音はどれだけ乗りますか?
マイクの距離と帯域で決まります。臨界距離(6畳・RT60 0.5秒で約0.44 m)より遠くで録ると、届く音のエネルギーは直接音より残響のほうが多くなります。一般的なリスニング距離の1 m以上ではほぼ常に部屋のほうが優勢です。帯域では、Schroeder周波数(同条件で約260Hz)より下は部屋の定在波が支配し、その上は部屋の平均的な響きとして乗ります。
部屋の音が乗っていても機材の比較はできますか?
できます。部屋・マイク位置・音源・レベルを固定するかぎり、部屋の寄与は前の録音にも後の録音にも同じだけ乗るため、重ねて差を取ると大部分が打ち消し合います。空気録音の比較が成立するのは部屋の影響が小さいからではなく、両方に同じだけ乗るからです。
スピーカーの位置を変えたら比較はやり直しですか?
やり直しです。スピーカーの位置が変わると部屋のどのモードをどれだけ励起するかが変わるので、部屋の寄与が共通項でなくなります。低域の山と谷は数十cmの移動でも形が変わります。比較したい対象以外は動かさないのが原則です。
録音を聞いて低域が膨らんでいるのは機材のせいですか?
300Hz以下なら、まず部屋を疑うのが順序として正しいです。定在波によるピークとディップは10 dBを超えることも珍しくなく、多くの機材の周波数特性の差より大きくなります。スイープで周波数特性を測れば、その山が位置に紐づくのか機材に紐づくのかは、機材を替えて測り直すだけで判別できます。
部屋の影響を減らすにはどうすればいいですか?
マイクをスピーカーに近づけるのがいちばん確実です。臨界距離より内側では直接音が優勢になり、残響の混入が減ります。ただし近すぎるとユニット間の距離が効いて、リスニング位置で聞こえている音とは別物になります。部屋を消すのではなく、部屋込みで毎回同じにするほうが空気録音では実用的です。
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Sonirで測って録る
Sonirはスマホで空気録音・音響測定・比較を完結させるアプリです。同じアプリでRT60と周波数特性を測って部屋を数値で押さえ、その部屋タグと機材プロファイルを録音に紐づけて残せます。録音スコアも音色の比較も、測定どうしの重ね描きも無料です。
App Storeでダウンロード。Android版は近日公開。詳しくは機能ページへ。